クレージー福井RC
陸上競技 森下 千恵子
私には夫以外に共に歩む男性がいる。彼は71歳だが、若々しく健康的、おしゃべり上手で明るく人気者。夫公認の仲である。
会う時にはいつも手を繋いでいる。時には腕を組んでいる。それどころか、歩幅まで一緒に合わせ、優しく声も掛ける。まさしく私は彼の手となり足となり、目となっている。
実は、彼は視力が不自由ながらランニングをするブラインドランナー。私は伴走者。
正確に言うと手を繋ぐのではなく、伴走ロープという一本の短いロープで繋がっている。ふたり共に歩むというより、共に大地を蹴って走っている。
練習の時には、走りながらいろいろなおしゃべりをして笑いが絶えない。彼は博学なので、歴史の話から最近の情勢まで面白おかしく話してくれ、私もそれに応戦し、まるで夫婦漫才のようである。とても楽しいひとときだ。
最近はもうあまり速く走れないし、スタミナも落ちてきた。しかし彼のマラソンへの意欲は衰えていない。
コロナ禍前のフルマラソンの大会での事。
「ようし。頑張って完走だけはしよう。」
ふたりで誓いを立てたが、42.195キロ。フルマラソンはそんなに甘くない。彼も最初はいつもの夫婦漫才の続きで笑顔を見せていたが、距離を踏むにつれ、次第に脚に疲れが溜まり、膝が上がらなくなる。
はあ、はあ。息も荒くなる。
「イチニイチニ!がんばろう!がんばろう!」
私は声をかけながら、繋いだロープで大きく腕振りをする。
「おう!」彼も元気に答えて大きく腕を振る。
「イチニ!イチニ!一歩ずつ!一歩ずつ!」
しかし、だんだん私のロープが重くなってくる。ロープがピンと張られ、私の腕に彼の体重が掛かる。
「ようし、私がロープで引っ張るから付いてきて。」
「おう。こりゃまるで犬の散歩やな。あはは。」
こんな時まで夫婦漫才である。
そして、残念ながら誓いは果たされることなく、関門で時間切れのためリタイヤとなってしまった。
ふたり、やるだけやった。完走できず疲れてへとへとだけど、なぜかとても達成感でいっぱい!そしてとても気分がいい。ふたりで助け合いながら一生懸命走るのって、本当に何とも言えず幸せな気分になれる。
「今回は残念やったなあ。もうちょっとやったのに。」
「また次や!次がんばろう。次もあかんかったら、またその次や。」
真っ青な空の下、心地よい爽やかな風が吹き抜けていった。
今はコロナ禍で、マラソン大会にも出場できず、完走リベンジの約束もまだ果たせそうにないが、その日を夢見て、これからもずっと共に笑いながら楽しく走っていきたい。